カトリック小樽教会のホームページにようこそ

カトリック小樽教会には、歴史ある美しい二つの聖堂があります。ゴシック建築の八角堂鐘楼のある富岡聖堂と、蔦のからまる白い壁の住ノ江聖堂です。(左下 富岡聖堂 右下 住ノ江聖堂)

*スマートホン対応の方へ

コロナウイルス完成終息を願う祈り、今月の司祭の言葉、カトリック小樽教会の紹介、アクセス、教会スケジュール、お知らせ、ニュース、結婚式・葬式などについては、「メニュー」を開いて内部リンクでご覧下さい。 

新型コロナウィルスによる感染予防のため、2020年2月24日から公開のミサ、集会を自粛してまいりましたが、7月から信者のみ感染予防をしたうえでミサを捧げる試みを始めます。一般の方、観光客の皆様のミサ参加はご遠慮下さい。詳細は「教会スケジュール」をご覧下さい。

世界中で感染はまだ広まっています。皆様、心を合わせて感染終息と被害にあわれた方々のために祈り続けましょう。

 

 

主任司祭パク神父からのメッセージ

 2020年6月28日(年間第13主日)

 今日の典礼のみことばのメッセージは、「神様のために生きる人」はどんな人でなければならず、また、他者にどう接するべきかよく教えてくれています。 単刀直入に申し上げますと、今日の福音のみことばの通りです。 「父や母よりも主イエス・キリストをより愛する人」、「息子や娘よりも主イエス・キリストをより愛する人」、この言葉は、つまり、「目に見える存在よりも目に見えない永遠に生きている神の国をより優先的に選んで生きる人」という意味です。 そして、「自分の十字架を何の文句も言わずに背負い、イエス・キリストのみことばを実践する人」、また、「イエス・キリストが教えてくださった愛の戒を、死さえも恐れずに実践する人」こそ、まさに神様のために生きる人と言えます。 このように生きる人に大きな報いではなく、小さな報いである冷たい水一杯でももてなす人は、大きな報いを受けるとイエス様ははっきりおっしゃいました。 

 

それでは皆さん、誰が神様のために生きる人だと言えますか? 私はこれについてはっきり申し上げることができます。 それはまさに皆さんです。皆さんがもし毎日ミサにも与って、ご聖体訪問も熱心にして、ロザリオの祈りも熱心にすれば、彼がまさに神様のために生きる人ではないでしょうか。そして、どんな状況が発生しても最後まで他者を赦し、心から他者を愛する人がいるなら彼がまさに神様の人、神様のために生きる人ではないでしょうか。

 

簡単に言うと、神を熱く愛し、隣人を自分のように心から愛する人だと思います。いかがですか。簡単でしょ?

 

したがって、皆さんは神様のために生きる人になれるという意味です。 しかし、ここで見逃してはならないことがあります。 神様のために生きなければ、我々は絶対に神の国に入ることができないという事実です。 これを決して忘れないでほしいです。しかし、心配しないでください。神様のために生きることは決して難しいことではありません。 その気になれば誰でもできることです。

 

聖書に出てくるような預言者たちだけが神様の人、神様のために生きる人ということではありません。

 

先程私が申し上げたとおりだけ生きても、我々は必ず神様の人、神様のために生きる人になれます。